元記者として、清宮偏重報道の批判を考える

 「清宮の夏が終わった」

 

 甲子園の西東京大会決勝で、今年のドラフトの目玉である清宮幸太郎主将率いる早稲田実業が、東海大菅生に敗れ、新聞テレビ等は清宮視点の報道をしました。これに対し、「甲子園出場を決めた東海大菅生を称えるべき」「清宮ばっかり報道するのはおかしい」と批判が集まっています。

 

 これは今に始まったことではなく、清原桑田のKKコンビや、荒木大輔松坂大輔ハンカチ王子など甲子園のヒーローは常に大フィーバーを巻き起こし、まるでアイドルかのように各メディアで連日報道されます。

 

 こういう話になると、「メディアは公平であるべき」という意見が多く見られますが、僕はそれは間違っていると思います。公平なメディアに価値はありません。

 

 八百屋さんが野菜や果物を売り、お蕎麦屋さんはお蕎麦を売りますが、記者やジャーナリストは何を売るべきなのか。それは「批判」です。「批判」こそが、メディアの仕事なのです。

 

 では、何を批判するのか?清宮くん本人を批判?それはバカげています。記者やジャーナリストは、世の中の流れや問題点を探り、取材し、世間に対して問題提議をしなくてはなりません。

 

 「甲子園は清原のためにあるのか!?」とまで言われた、甲子園そしてプロ野球のスーパースターである清原和博氏は、2016年2月に覚せい剤の所持・使用で現行犯逮捕されてしまいました。本来なら、どこかのチームの監督をやって後進の指導に当たってなければならない清原がなぜ逮捕されてしまったのか。

 

 清原氏は逮捕後のインタビューで、学生時代から特別扱いされ続け、甲子園やプロでの栄光の日々を忘れることができなかったと語っています。誰が清原和博を潰したのか?それは、もちろん本人の弱さもありますが、メディアであり国民でありプロ野球の環境だったのではないでしょうか。

 

 むかし、先輩の記者が清原担当だったことがあります。彼は、連日記者たちを引き連れて高級クラブで接待。こうして「清原が打撃タイトルを取れないのは、練習不足だからじゃないのか」と、批判できる記者がいなくなってしまいました。それどころか、番長として祭り上げ、どんどん勘違いさせてしまった。そういう悪しき風習を断ち切らないといけない。そのためには、高野連しかり、選手にチヤホヤしすぎる周囲、祭り上げるメディアが襟を正さないといけないのではないでしょうか。

 

 あの松井秀喜ですら、長嶋茂雄監督がいなければ大成しなかったでしょう。いまのプロ野球に清宮を大成させられるだけの指導者がいるでしょうか。阪神の掛布二軍監督くらいしか思いつきません。僕の個人的な見解ですが、野球界の未来を考えれば松井が監督をやって、かつての恩師にそうしてもらったように、自分で育てるべきだと思います。でも、なぜ彼はヤンキースを選び、巨人に戻ってこないのでしょう。そこには、色々な問題があるのではないでしょうか。

 

 国民の関心が清宮にある以上は、清宮を主語にした報道がされるのは仕方ありません。しかし、その中身が良くない。清宮はきちんと育てば、バレンティンの年間本塁打記録を破る可能性があります。つまり、日本プロ野球界の宝になる可能性があります。その選手がきちんと育つためには、周りが変わらないといけません。しかし、そのための報道、記事がまるでないのが情けない。

 

 清原は逮捕され、ハンカチ王子は二軍と一軍を行ったり来たりしています。いったい、何がどうなってこうなってしまったのか。良い時に祭り上げ、ダメになってから袋叩きにするのは二流のやることです。良い時にこそ、「今はいいけど、襟を正さないといけない」と報道し、悪いときにこそ「いまは悪いけど、こんな良いところがある」と勇気を持って報道できる記者に増えて欲しいものです。

 

 記者なんて人に好かれる仕事であってはいけません。地べたを這いずり回って取材して、一矢報いるのが仕事です。若い記者たちには闘って欲しい。大きな権力と戦い、デスクと戦い、世の中に訴えて欲しい。戦えば強いです。ペンは剣よりも強いのですから。

 

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