劣等感を持つことの素晴らしさ

 人は誰しもコンプレックスや劣等感を持っています。僕は、よく友だちや見知らぬ人から、悩みなんてなさそうと思われるみたいですが、そんなこともなく、たぶん人よりも多くのコンプレックスを持っていると思います。

 

 例えば、僕は小学生の頃、ノートを取るのが苦手でした。最初の1ページは集中しているから綺麗に書けるのだけど、2ページ3ページと進むにつれて、ヤクルトの先発投手がだんだん打ち崩されていくかのごとく文字や図形が乱れていき、最後の方はもう何がなんだかわからなくなっていました。

 

 僕は字が汚い。だから、ノートも汚い。

 

 隣人の綺麗なノートを見ながら「ああ、羨ましいなあ」と思い続けるのも人生かもしれないけれど、そのコンプレックスをガソリンにして、必死に字を書く練習をして、日経アソシエみたいな本をせっせと読んで勉強し、何度も何度も失敗して、人に教えるくらいノートテイキングを極めるのも人生なのだと思います。

 

 僕は常に、そんな風に劣等感と向き合って、坂道を昇ってきたという自負だけはあります。誰かが、「人生とは幸せになるための努力をする時間である」と言っていました。たぶん、野村監督が。

 

 まさにその通りで、幸せになるっていうのは自分の理想に近づけるということなので、そのためには劣等感を潰していくことが大切なのだと思っています。痩せたい、歯並びを良くしたい、彼女(彼氏)が欲しい、などなど全ては、自分の努力次第でなんとでもなることだと思います。

 

 もちろん、すべてが叶うわけではないのですが、もし失敗しても何度でも挑戦できるのが人生の良いところだし、死ぬ時に「努力はした」と言って死ねたら本望ですよね。僕は、普段からそんな風に考えて生きています。

 

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