さあ、そろそろ大村孟の話をしましょうか

 「どうしてもクビだって言うなら、南海電車に飛び込んで死にますよ」

 

 1954年秋、マネージャーに呼び出さえれ、戦力外通告を言い渡された南海ホークスのルーキー野村克也は、こう言って食い下がった。

 

 戦争で父親を亡くし、病弱な母親を支えるために、小学校低学年から新聞配達をして家計を支えてきた野村少年は、プロ野球に入って母親に裕福な生活をさせるのが夢だった。「地道に働け」と諭す母親を振り切って、故郷から出てきたのだから、わずか1年で帰るわけにはいかなかった。

 

 そもそも、テスト生として入団した野村克也は、当時「壁」と呼ばれるブルペンキャッチャーの扱いがほとんどで、球団から期待されてなどいなかった。しかし、南海球団が捕手不足に陥ったことや、粘り強い交渉が実を結び、クビは免れた。そこから弛まぬ努力、そしてテッド・ウイリアムスが書いた「バッティングの科学」に出会い、自らの運命を変えた。

 

 今さら説明は不要だが、その後ノムさんは選手として監督としてプロ野球の歴史に名を残すことになった。テスト生から入った野村克也がここまでになるとは、かつて戦力外を言い渡したマネージャーは「お前にはいい勉強させてもらった」と苦笑いしながら言ったという。

 

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 つまり、どんなかたちで、プロに入ろうとも、殿堂入りの名プレイヤーになる可能性はあるということです。もしかしたら、いまヤクルトのファームで旋風を巻き起こしている大村孟は、そんな選手になるかもしれません。

 

 大村孟(おおむら はじめ)は、1991年12月21日生まれの25歳。福岡県出身。東筑高と福岡教育大を卒業後、九州三菱自動車 を経てBCリーグ・石川でプレー。2016年ドラフトでヤクルトの育成1位で入団しました。大学、社会人、独立リーグを経ての入団という経歴を持っています。

 

 現在ファームで打率.304、本塁打を4本記録。すでに育成のレベルの選手ではないのは明らかでしょう。

 

 興味深いエピソードがあって、大村はドラフトでヤクルトから指名されたときに「ホントかな?」と疑ったそうです。これは、実は古田も同じで、スカウトに「指名します」と言われた時、「本当でしょうね?」と聞き返したそうです。こんな選手はまずいないらしい。でも、ノムさんは、キャッチャーは心配性じゃないといけないと、これを評価しています。

 

 大村は新入団会見で目標としていると公言した古田と同じく、強肩が自慢です。また、すでにファームで結果を出しているように打撃も良い選手です。古田はヤクルト入団時に「肩は一流、打撃は二流、リードは三流」とノムさんに評されていました。しかし、大村はもっと良いのかもしれません。スイングが綺麗ですよね。また、リードも「三流」ではなく、頭脳的で投手の良いところを活かすのが得意とのことです。

 

 彼はもしかしたら、もしかする選手なのかもしれません。今年26歳という年齢ですが、古田も大卒社会人での入団でしたから、それはあまり関係ないでしょう。

 

 古田敦也が2007年に退団してから10年間も空位になっている背番号「27」。もちろん、今でもその後継者の最有力候補はムーチョだと思います。2015年の優勝は彼の活躍によるものが大きかったし、元来彼は打てる捕手です。当然、肩もいい。しかし、大穴、ダークホースとして大村孟がその舞台に登場したことは、間違いありません。

 

 球団が、大村をどのタイミングで支配下にし、一軍で使ってみるつもりなのか。いまの活躍なら、そのチャンスは必ずやってきます。あとは、チャンスをモノにできるかどうか。大村には今しかできないことをしっかりして、来るべき日を迎えて欲しい。そんな風に思っています。

 

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