広島カープと赤い傘

 案の定と言うかなんとかいうか。

 

 今年もカープの「赤いシリーズ」にて赤傘2017が配布され、容認派もいるものの、かなりの数のヤクルトファンからは大バッシングが起きてしまいました。僕は2人くらいベテランカープファンの友だちがいるのですが、彼らは揃って「あーあ、やっちゃったよ。すまんね」っていうスタンスでした。カープファンみんながダメみたいな風潮が最近はありますが、ちゃんとまともなオールドファンもいることはいる。

 

 きょうは、広島カープと赤傘をテーマに色々書きたいと思います。

 

 ツバメ軍団の初代団長である故・岡田正泰さんが考案した応援傘。それは、ヤクルトの象徴であり、魂であることは間違いありません。だから、安易に真似されることに強い不快感を覚えるファンが多いのは、当然のことだと思います。

 

 個人的な意見を言えば、いくつかの理由があって正直、赤傘は「まあ、良いんじゃないかな〜」って思ったりしています。

 

 きゃー。怒らないで^^;

 

 その理由のひとつは、福岡ドームでの思い出です。あれは確か2014年だったと思うのですが、交流戦でのヤクルトvsソフトバンクを観戦しました。序盤からヤクルト打線に火が付いて、序盤で10点を取りました。ソフトバンクのファンからすれば、凄まじくガッカリな試合だったと思います。一方で、ヤクルトファンからすれば最高の試合。もう、何度東京音頭をやったか分からないくらいやりました。

 

 しかし、ここで面白いことが起きました。本来なら、ストレスで怒り心頭なはずのソフトバンクファンの人たちが、僕らが東京音頭で傘を振るたびに、いっぱい写真やムービーを撮ってるんですよね。それ以外の人は、物珍しそうに眺めてる。

 

 試合後、それを裏付けるように「試合は大差で負けたけど、ヤクルト名物の東京音頭と傘がいっぱい観られて楽しかった」という写真付きの書き込みがFacebookなどで多かったのが印象的でした。普段、ヤクルトの試合を見慣れていないソフトバンクのファンからすれば、とても新鮮で、面白かったのだと思います。

 

 このように、他球団のファンからすれば東京音頭と応援傘は、物珍しく、ちょっと楽しみなくらいの存在なのだと思います。まして、最近カープファンになった広島のファンからすれば、下手すりゃ「初めて観た」という人すらいるでしょう。彼らからすれば、応援傘の歴史や意味など知る良しもないのだから、純粋に「やってみたい」「赤い傘かわいい」「欲しい」ってなるのは当然だと思うんですよね。そこに悪意がないと思うので、正直「別にいいかなー」って思うんです。

 

 ただ、この企画を今年も強行したカープ球団を擁護するつもりはありません。怒る人、傷付く人がいるなら止めようと思うのが普通だと思うし、そういう決断をして欲しかった。

 

  僕はね、広島カープという球団が別に嫌いじゃないんです。広島に行ったことがある人なら肌で感じたと思いますが、広島にとってのカープ球団とは本当に大きな存在。みんなの誇りであり、象徴。

 

 それに、古田の引退試合がいまでも心に残っています。古田の最終打席のために、ドラフト同期の佐々岡を登板させてくれたこと。そしてあの日、カープファンが一緒に古田を送り出してくれたこと。あの頃までのカープファンは確かに今と違いました。

 

 ただし、ここ数年に関しては、あの時の「盟友」たちはどこへ行ってしまったんだと思うことが多々あります。

 

 前にも書きましたが、日本のプロ野球界は2004年の再編問題以降変わったと思います。

 

 1990年台は「最後の古き良き時代」2000年台は再編問題など「変革の時代」。2010年台は大きく環境が変わった「変化の時代」だと思っています。

 

 2004年にプロ野球再編問題が起き、同年は新庄剛志が「これからはセ・リーグでもメジャーでもなく、パ・リーグ」と宣言して日ハムに入団した年でもありました。ロッテがユニフォームを配布し始めるなど、各パ・リーグ球団がファン獲得に向けて真剣に取り組み始めました。当時のパ・リーグといえば、まだまだガラガラの川崎球場流しそうめんをやっていた頃のイメージが強く、不人気そのものでしたが、これをひっくり返すための変革が行われていったのです。

 

 また、イチローなど人気選手が次から次へとメジャーに挑戦し、選手個人の人気に頼り切りの運営では通用しなくなってきた時代でもあります。

 

 その後、2010年台に突入し、今度はセ・リーグ球団もそれに追随し始めました。最初に結果を残したのはカープでした。2014年には「カープ女子」が流行語大賞に選ばれ、我がヤクルト球団も2012年にファンクラブを廃止してスワローズクルーを発足。現在では、様々なファンサービスを行って動員は右肩上がりです。

 

 積極的なファンサービスによって、プロ野球は「おじさんの娯楽」ではなくなったように感じます。若い女性が増えて、それにともなって若い男性も増えました(中には出会いばかり求めているような不届き者もいて困りますが^^;)また、黄金時代のファンが、男性は仕事やお金の余裕が出て、女性は時間の余裕が出て、 リターンするケースも増えたように思います。

 

 2010年台はさらに、ネットの変化も大きい時代になりました。2008年にiPhoneが発売され、野球ファンはツイッターフェイスブックInstagramなどで情報を共有するようになりました。これにより、「オレも神宮行ってみよう」「わたしも戸田に行ってみよう」と思う人が増えたと思います。僕自身も、ツイッターやブログを始めてから、色々と趣味である野球観戦の立場が変わったと思います。すごい変わったかな。

 

 また、ヤフオクやメルカリなど個人売買もすごく手軽になりました。きのうの赤傘もすぐに出品され、ヤクルトが先日配ったランドリーバッグもいっぱい売っていますね。「転売するなんてひどい!」って僕も思いますが、もしかしたら今後はそういうのが常識になっていくのかもしれません。

 

 このように、長いプロ野球の歴史のなかで、2010年台というのは物凄い「変化の時代」なんだと思います。

 

 そして、変化に追いつかないが故にトラブルが起きることもある。

 

 最近では、カープのチケット販売方法がおかしくて、ダフ屋行為をする人が続出してしまっている。1年分のチケットを一気に売り出すのは、不人気時代なら良かったのかもしれないけど、現状のカープには合ってないんでしょうね。ヤクルトも、自由席での過剰な席取りなどが問題になり、慎重ながらも今年は指定席の試合をたくさん導入して、色々検証しているように見えます。変化に対応しようとしているんですね。

 

 時代が進み、プロ野球を取り巻く環境も凄いスピードで変わったと思います。

 

 でも、その変化のなかで、球団もファンも戸惑っています。ファンサービスで良かれと思ってやった「赤傘」がヤクルトファンの怒りを買ってしまったり、いわゆる常連のファンからすれば、急にファンが増えたり客層が変わったりして、ただただ混乱してしまう。

 

 あと3年もすれば2020年で、プロ野球はさらに新しい時代に入っていくと思います。きっといまは過渡期だから、こうしたいろんな問題が起きるのだと思うし、数年後には「あのときはあんなことがあったなあ。迷走してたなあ」っていう笑い話になってるんじゃないかなって思います。

 

 環境の変化や、受け入れられないような出来事も、長いプロ野球の歴史の1ページだと思います。いまは川崎球場で、流しそうめんを食べることはできません。川崎球場を使ってないし、パ・リーグの試合でそこまでガラガラになることが無いから。あれは、もう二度と体験できないこと。それと同じように、赤傘にプンプンしたり、神宮で外野席の入場列がラグビー場の方まで行くのを眺めて「人気出たな。すげえなあ」とドン引きするのも、今しか体験できないことなのではと思います。

 

 野球ファンをやっているといろんなことが起こります。でも、そういった出来事のひとつひとつが歴史であり、この時の気持ちや、状況、何がいけなかったのか、良かったのかををきちんと後世に伝えていくことが、とっても大切だと思うんです。

 

 

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