古田敦也が泣いた日―いまの野球人気は、あのときの闘いの賜物

 ここ数年、ヤクルトのファンサービスがすごいなあと感じていましたが、今年はスワローズクルー発足5年目ということもあってか、さらに盛り沢山になりました。特典を考えても絶対お得なクルー会員はもちろんのこと、ご当地ユニの配布や、レディースDAYの実施などなど枚挙にいとまがないし、先日も紹介しましたが、お客さんも27.5%も増えているそうです。

 

 球団がファンと向き合って、最大限にサービスをして野球人気を盛り上げる。

 

 プロ野球は、興行ですから、それは当たり前のことなのですが、かつては、当たり前ではありませんでした。あの運命の日、2004年9月18日までは。

 

 2004年のある日、突如としてオリックス近鉄の合併が表面化しました。採算の取れないパ・リーグ球団オーナーたちは、セ球団の有力オーナーたちに助けを求め、一部の有力球団オーナーたちにより、8〜10球団による1リーグ制にするという水面下での動きまでが明らかになりました。

 

 12球団から最大で8球団まで減少すれば、4チーム分の監督、コーチ、選手、スタッフが路頭に迷う。また、球団数の減少は、野球人気の低下に直結することから、プロ野球ファンや選手会が猛反発したのです。

 

 そもそも、選手会日本プロ野球選手会)とは、NPB球団に所属する選手たちを会員とする労働組合です。 労働組合は労働者(この場合は選手たち)の権利を守るための組織であり、各チームから選手会長を選出し、さらにそのなかから、労働組合日本プロ野球選手会会長が選ばれます。

 

 現在のヤクルトの選手会長川端慎吾選手ですが、選手会の会長は楽天嶋基宏選手ですね。当時のヤクルトの選手会長は、古田敦也さんで、選手会の会長も同じく、古田さんでした。

 

 この報道を受け、古田会長(当時)は、オーナーたちとの交渉を求めましたが、ここで読売ジャイアンツのオーナーだったナベツネこと、渡辺恒雄氏が後世に残る言葉を吐きます。

 

 「無礼なこと言うな。分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手

 

 こうして、選手会とオーナー陣の対立が明確になり、「2リーグ12球団存続」を訴える選手会と「オリックス近鉄は合併。来季はセ6球団、パ5球団」の姿勢を崩さないオーナー陣との話し合いは、泥沼化していきました。

 

 みなさんは、ヤクルトが好きだと思いますが、ヤクルトが来年から無くなると、いま聞いたらどう思いますか?

 

 発狂しますよね。僕はしますね。

 

 仮に中日さんと合併するとして、素直に来年から中日を応援できるでしょうか。

 

 ならばなんとか食い止めるために、自分に何かできることはないかと奔走しますよね。署名を集めるかもしれません。当時の近鉄ファンも同じで、署名集めに奔走しましたが、そんな行動も、オーナー陣にはまったく聞き入れて貰えませんでした。

 

  プロ野球のオーナーたちは、ファンのことや、選手たちを見向きもしていなかったのです。

 

 この騒動のなか、近鉄の買収に名乗りを挙げた若い経営者が二人いました。ひとりは、ライブドア堀江貴文社長。そして、もうひとりは、楽天三木谷浩史社長でした。当時、飛ぶ鳥を落とす勢いの二人の若い経営者には、もしかしたら現在の活気あふれるパ・リーグが見えていたのかもしれません。また、それを自らの手で作り出す自信もあったのでしょう。

 

 近鉄を買いたいという企業もいる。選手会は、12球団揃ってないとプロ野球の人気は落ちるし、路頭に迷う選手たちが出るので、一歩も譲らないと言う。一方で、オーナーたちは、聞く耳を持たない。また、オリックス近鉄の合併を認めたうえで、新規参入を認めて欲しいという選手会の意見も、まるで前向きに考えて貰えませんでした。

 

 そして、古田敦也率いる選手会は、ついに決断を下します。

 

 日本プロ野球界初のストライキ

 それは、2004年9月18日についに決行されました。

 

 結局、ストライキは18日と19日の土日に渡って行われ、野球を楽しみにしていたファンは、試合を観ることができませんでした。しかし、そこでオーナー陣の予期せぬことが起こったのです。

 

 それは、プロ野球ファンによる選手会ストライキの圧倒的支持。

 

 プロ野球は、ファンのためにあり、ファンなしでは成り立たないという当然のことを、ついにオーナー陣は思い知ったのです。

 

 この頃、スポーツニュースの生放送に出演した古田が、ファンからのメッセージを読み上げられるのを聞きながら、泣いていた姿が今でも忘れられません。

 

 古田を始めとした選手会を突き動かしたのは、「将来のプロ野球界のため」という言葉でした。

 

 結局、プロ野球再編問題は、ストライキを受けて、オーナー陣が「新規参入の確約」などについて合意するという結末を迎えました。また、その後に楽天の新規参入が決定。2005年に新球団、楽天ゴールデンイーグルスが誕生しました。

 

 早いもので、あれから13年の歳月が流れました。

 

 今では、不人気だったパ・リーグ球団の方が、ファンサービスに熱心で、セ・リーグ球団を引っ張っています。球団がファンに向き合い、野球界を活気づけて、どんどん若いファンが増えていると実感します。古い風習を打ち破り、IT企業が新しい風を吹かし、パ・リーグの試合はいまやネットで観ることができるようになりました。我がヤクルトですら、入場は長蛇の列で、今年は例年よりもチケットが完売する日が増えていると思います。

 

 あの頃、連日「プロ野球の未来はどうなる」と報道され続けましたが、いま、こうして人気が出ているところを観ると、あのときの古田会長を始めとする選手会の闘いの賜物だと思っています。そして、スタジオで涙する古田の姿を思い出して、胸が熱くなるのです。